泥リアにむけて   白崎映美(歌手・東北6県ろ〜るショー!!・ex 上々颱風)

 

 後戻りできないもんなあ、2011年の震災以降、私は東北さ、福島の泣いてるじっちゃんさ、いい事どんと来い~と、東北6県ろ~るショー!を立ち上げました。風煉ダンスの林さん、皆さんは、私の妄想を実現化してくれ東北の神様、妖怪、わけわかんないものをこの世に生み出してくれた。そして風煉ダンス公演「まつろわぬ民」でがっぷり四つに組んで、溢れ出る人間力の凄まじさを一緒に体験させてくれた。

 

 そして今回の「泥リア」。私は風煉ダンスの破天荒さを愛します。その底にある人間の愛のようなものを愛します。その、底にあるものの為ならどんな苦労も厭わず実行する熱と力を愛します。「泥リア」見るのが怖えなあ、私が現実から目をそむけないように首ねっこ力づくで押さえてくれ風煉ダンス!風煉ダンスはぎらぎらの目ん玉で、いつも前を向いている。凄いと思う。

 

 

 
血煙を上げる詩情  木村友祐(作家)

 

 昨年はじめて、風煉ダンスの舞台『まつろわぬ民』を観た。震災をモチーフにしたとの前情報はあったけれど、主演の白崎映美さんから「ゴミ屋敷の話」だと聞いて、腰が引けた。それでおそるおそる観たのだが、観終わったあとは体温が3℃くらい上がっていただろう。さんざん笑って、気がついたら涙をしぼるように泣いていた。今でも、思いだすと胸が震えだす。

「破格の手づくりスペクタクル」とでもいうべき風煉ダンスの舞台には、大仕掛けの派手さや娯楽性といった見かけの奥に、たしかな詩情が流れているのだった。その詩情とは自己満足のものではなく、声を発せられない者たちへ寄せるあふれる想いであり、情け知らずの社会に向けた骨太な批評である。

 その彼らが、震災2か月後に上演したという『泥リア』を再演する。ぼくをふくめて多くの表現者が沈黙せざるをえなかった時期に、あえて逃げずに震災と向き合った作品らしい。彼ららしい誠実さであり、大馬鹿者ぶりである。

 おそらくその制作は、血煙を上げるような苦しい格闘だったはずだ。そうしてできた『泥リア』を改作し、震災4年後の現在に向けて新たに問う。これはもう、期待しないわけがない。

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